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毎日出会う 
人 もの そして自分 
いいときばかりではないけれど 
いつも 素直な気持ちでいたい 
そんな思いを込めて 


01.Septembre 2003
活動開始!
ワイングラスかけ
こういう便利なものがあります
これは 近くのカフェで 飲み放題の イベントがあったときに 3ユーロで 始めにこのグラスを買ったときについてきたもの。黒山の人だかりの中で フランス各地のワインが 飲み放題になっています。話し好き 踊り好きの フランス人に ぴったりのグッズ。両手を離しても マイグラスは いつも自分と一緒! 
小物入れ
蚤の市で 女の子が 自分で作った作品を テーブルに並べて売っていました。土台は フランスではポピュラーなチーズの 入れ物。茶色の陶器で出来ているもので 家にも たくさんあります。モロゾフのプリンの入れ物みたいなものです。それを使って石を敷き詰めています。色合いが なんとなく気に入って 買いました。
値段は 100円ほど。とってもチャーミングな女の子でした 
貧乏性なのか 休みと言うのがこれだけ続くと うんざり。日本にいたときから 職業的にも 規則的な 生活と言うものに慣れていて 基本的な部分が崩れすぎると 精神的なものまで影響してきます。だから 9月は 早く来て欲しい、フランスに住むようになって 余計にそう思うようになりました。今日は その9月も初日。昔のことを思うと運動会の練習や 遠足 そんなことが思い出される 9月。それに食べ物がおいしい季節。それは 日本と同じ。春とは違った 鮮やかさがあります。
ところで 今日は テレビの ドキュメント番組で 現在の学校で抱える問題を取り上げ 生徒と先生との関係 学校のあり方 生徒事情と言うようなことを放送していました。中高生対象の学校の様子のなかで 手におえない生徒から 暴力や 暴言を浴びせられ 自信喪失している先生達の 様子が 印象に残りました。いじめられた女の子は 助けを求めに 違う理由を作って 医務室に 逃げ込み 先生に 打ち明けています。先生は 一心に 彼女の話す話を聞き いくつかのアドバイスとしたあと 自分自身が強くならなくてはいけないこと説明し 受身にならないでと 説得しています。私が 目を引いたのは 生徒たちだけではなく教師達も 心理学的な見地での アドバイスを その道の専門家達から 受けるという場面が よくあることです。これは非常に よいことだと思います。先生といえども 一人の人間としてみた場合いに 悩みがあるのは当然ですから 自分の抱えている問題を 責任があるからと ひとりで抱え込むのは 無理なこと判断し 先生も 一人の人間としての 顔を素直に出せる場があるように思いました。そういう点 日本では 同じような問題も 責任のなすりつけのような ところがあって そこでぶつかり合う部分が少ないような気がしました。こちらの学校では 少し問題のあると見なされた生徒は 時間を見て 学校のすべての先生と その一人の生徒が 集まり オリエンテーションがあります。問題のあるときにはその生徒にかかわっている先生だけではなくすべての先生がそれに 取り組むというのも すごいと思いました。学校中の先生を前に 生徒が いろんな質問を受けるという状況を 思い浮かべると かなり生徒側に プレッシャーがかかるかと思いきや さすが 自己主張の国 小さい頃から どのような場でも 自分が意見を述べるという訓練が出来ていると見えて 堂々としています。そして先生も 誰の肩を持つわけでもなく 先生同士にも 質問が行き交います。これはなかなか 興味深いものがありました。フランスでは 教師不足を いろいろな問題の 理由としてあげていますが、それでも 一クラスは だいたい 24,5人。現在の日本は どのくらいでしょうか。かなり多いような気がします。共通して感じたのは 日本もフランスも 体育界系の 恐い先生が少ないこと。昔は すごく恐いけれど みんなに好かれる先生と言うのが もっといたような気がします。どこの国とも 教育問題は 大きな課題なのですね。

香り袋
京都で買った 柿の形の 香り袋 
引出しを開けると ほのかな 香りがします 
02 Septembre 2003
自分の風をおこそう!

自分も含め まわりもいろんな動きが 感じられます。この秋は ちょっといろんな変化がおきそうです。まだ すべての人がエンジンがかかっていないうちに ぐっと前へ進みたい そんな気になります。でも焦ってはいけませんね。ヴァカンスから 戻ってきた友人達と 久しぶりに顔を合わすと みんなして 私のことを すごくいい顔してるよ!と言われる。新しい化粧品を使い出したのでもないし 以前がそんなにしょげていたということもないと思うのだけれど 確かに いろんな意味で 前向きに 自分で動こうとしていることには 間違いない。それを みんなそう言ってくれるのは 悪い気はしない。人間の気持ちは 正直に顔に出るということですね。フランスに住み始めて 2年半が過ぎ 自分のしたいこと 自分に出来ること そのために必要なこと 大切なこと それらが 遅まきながら はっきりしてきました。こうなるまでに時間がすごくかかったとも 思ったより早いとも 感じません。これが私に必要だった 時間だったのだと思います。少しづつ まわりにも 以前上手く話せなかった内容のことも 説明できるようにもなってきて 頭の中が 少しづつ整理できてきているように思います。今は まだ 実現するところまできていないことばかりだけれど 以前の不安とは 違ってきています。追いかけるのが精一杯だった自分から いつでも 準備できてる いつでもOK!というのに近い感じ。今も時々 郵便局なんかで 並んで待っているときに フランスに来たときは 並んでいる間中 フランス語の文章を 頭で反復し いろんな状況に対応できるようにいろんなことを想像していたりして ドキドキしどおしだったなぁ などと 思い出したりする。だからからなのかはわからないけれど、日本人だとわかる観光客らしい人が 地図を片手に 何かを探しているようなのを見つけると つい声をかけてしまう。何かお探しですか? たいてい その日本語に 一瞬驚かれるのですが やはり安心してか ホッとしたような顔で 道を聞かれることがよくあります。不思議と 旅行に慣れている人というのは 雰囲気でわかるものです。それでも 日本人にとって まだまだヨーロッパは 遠い国ですから どこかドキドキしているものなのですね。私でも なにか役にたつことがあれば と言う気持ちになるものですね。 明日は 何と出会うのでしょう。肩の力を抜いて 向き合いたいです。   


工事現場
取り壊し中の建物の 一角です。大きな木製の車輪は 水平に天井に取り付けられていて 円周上に電球がついて照明に使われていました。光の反射で 古びた壁の色が 風景に馴染んで 雰囲気を感じました。計算しては出せない光景ですね。 
04.Septembre 2003
定期検診
浮世絵
 
バナーヌ
なんとなく 歩いていて 撮りたくなったバナナ 
昨日は 定期検診の日だった。といっても 自分で定期的に予約を入れるかどうかで 不定期なってしまうので こう呼ぶのが正しいのかどうかはわからないのですが。本来ならば 6月に来るべきところ 5月末に予約の電話を入れたら ずっと予約が詰まっていて 9月3日までないというので この日になりました。日本もそうなのかもしれないけれど 病気になることは 予測できないものと考えるならば このシステム何とかならないものかと 思いますが どうなんでしょう。歯医者だったら どうなるのかと思ってしまいます。まぁそれはさておき 私の主治医は Dr Pages といって かなり日本通の おもろい先生です。この 浮世絵の写真は そのDr Pages の 診察室にかかっているものです。先生の来るまでに 失礼して パチッ!と1枚とらせていただきやした。友達に いい産婦人科の先生紹介してくれない?と 言ったら 即答してくれた先生が 彼。紹介してもらって 初めて行ったのが だから2年前になる。そのときはまだ フランス語も ほんとにあまりわからないので ドキドキしていたのが 診察室でこの浮世絵を見たら ずいぶん気が 楽になったという 想い出がある。そうそう 始めて診察を受けたときに 先生は 片言の日本語を 巧みに使い 恐がらないで大丈夫! と私の緊張を ほぐそうとしておられたのを覚えている。そのときに聞くと 日本人は 通訳の人を雇って 一緒に来る人も よくいたりして でも 診察 そのもののところまで 通訳の人は 入ってこられないでしょ? だから そのために 最低 必要な日本語を自分が覚えた方が 早いので 覚えただけで それ以外は 話せないと 正直に 言っておられました。先生は 今まで診察した何人かの 日本人の患者から 彼らはかなり 緊張し 警戒していると 言う印象を 受けたみたいだった。それは わからないでもない気がした。前に ちょっとした話 (Petite Histoire)の パリ症候群というタイトルで 書いたけれど フランスの 病院のシステムは かなり 面倒で 体の具合が悪いところに持ってきて その作業で さらに悪化しそうに 大変だということがあるので 慣れない人は ビビッテしまって 当然のような気がする。健康でいたいから 病気にならないように 注意するのではなくて 病院に行きたくないから 病気にならないようにするという へんな ことになってくる。今は 私も たとえ 言葉がわからなくても 人柄は 見えるという風に思えるようにもなってきたので そういう緊張は 確かになくなっていると思う。それで その Dr Pages なのですが 私に”聞きたいことリスト”を 作っているのかと思うくらい 診察を受けるたびに 質問をされる。昨日は わさびのことに始まって 小豆で あんこを作ってみたんだ。と 作り方を説明してくれて はじめてにしては かなりいい線いってたと思うと 自己評価。君 あの 虎屋 行ったことある?あそこの○○○ あれは食べる価値あるよ!聞きたいんだけど 君は 材料をどこで買うの?というので私が 一押しの日本料理材料の手に入る店を お教えした。その会話の間 子宮ガンの検査 乳がんの検査 を 終えました。私も バレエを教えているときに この手は 時々使ったりした。緊張を ほぐし 気をそらすために 関係にない話をする。結構 効果はあるものです。 病院からの帰り ふと 私 何しにきたんだっけ??? って 感じでした。今日の先生 白衣の下は 半ズボンで 山登りに行ったみたいな恰好だったなぁー。先生にもよるけれど フランスでは 威張っている人少ないなぁ。普通に会話できるのは 逆に頼れる気がする。何でも聞けるし 答えてくれる。あたりまえか ・・・??誤解のないように 診察のあと いろんな 体のこと説明してくださり 質問にも 答えてくださいました。

05 Septembre 2003
Petit Restaurant

うちの台所で 常備するようにしているもの。
玉ねぎ じゃがいも ベーコン、オイルサーディンの缶詰、トマトの缶詰、卵、 
パスタ、米、マスタード、バター、冷凍の海老、イカ、
 
不意の客が 頻繁な我が家では 予定していたメニューが 急きょ変更になるのは
日常茶飯事!さらに買い足さずに いかにして量をふやすか! が 勝負。そういう時にも この常備している材料が 活躍してくれる。ちなみに 昨日も 夕方あたりから 近所の 常連客 (もう最近では ほぼ 家族にちかくなっているが)一人二人と 増えるうちに 8人になり もうみんなで夕飯しようということになる。もちろんそのときには みんなの目線は 私の方に向くことになるのですが、断る理由もないので まぁいいか!と言う感じで 何人分 何が出来るか!と言うことになる。当然 みんなも 家に 一度戻り 家にあるもので 材料になりそうなものを 持ち寄り 何もない人は 近くで ワインとパンを買ってくるという具合。さぁ 持ち寄った材料を前に 私は 料理の鉄人みたいに 計画を立ていく。私は この過程が とっても好きなのです。(私の周りの人たちにとっては なんて幸運なんでしょう!)うちは こうして ミニレストランに 変貌するわけです。昨日は スペインからヴァカンスから戻ったばかりの 友人のお土産の ジャンボン(ハム)といっても もも肉の塊なので スライスしなくてはいけない。ピカピカの刺身包丁を出してきて 初挑戦!となり まずまず いい感じに お皿に 盛り合わせる。 もう一人の友人は ツーロン(南フランス)から買って帰ってきたという 生のラビオリ と トマトソース。これを うちに常備の材料と組み合わせて 量をふやし 最後にオーブンで 軽く温め仕上げる。そして うちにあった野菜で グリーンサラダ。運良く 午後に 明日の 朝食用に作って 寝かせてあったクレープの生地で シンプルクレープに ちょっとラム酒を きかせて デザート と こんな具合。決して 贅沢ではないものでも たくさんでワイワイ食べると 楽しいものです。しいて言えば 最後のお皿洗いが 食器洗い機があればなぁ〜というところ これも慣れれば たいしたことはないけれど  みんなの満足そうな顔を見ると それでまた うれしいものです。 


うちの野菜籠
これは 日本で一人暮らしをしているときから ずっと愛用しているもの。
アフリカ製の アンティークの 籠。
しっかりと編まれていて
手作りの暖かみのある籠です
06.Septembre 2003 Part 1
カルボナーラ の作り方
イタリヤ麺は ここ!
DE CECCO
茹でる時間は 12分(もちろん アルデンテ) 
このメーカーのものは
茹でているときから 香りが違います 
ソースの材料 
大皿で ソースの材料をじかに入れて合せ 
最後にここで和えます 
 今日は 我が家のお昼の定番料理をここで紹介します

材料  (2人分)
<Aの材料>
 2個
生クリーム 卵の殻で6杯 (一人あたり3杯)
(卵の黄身と白身を分けるときに 手にしている卵の殻を 使って そのまま計る。こうやって覚えたので 実際に 計ったことがない)
塩 胡椒 パルメザンチーズ 適宜

スパゲティ (2人分) 
ベーコン 出来れば 1cmくらいの角切りのもの 30g




作り方
  1. たっぷりのお湯を沸かし 塩もたっぷり目大さじ一杯分くらい入れる
    これは 茹でているときの 沸点を一定に保つためのもので ここでは味とは関係ないと思ってる方がいいみたいです
  2. 1 の作業の間に まずフランパンで 角切りベーコンを カリカリになる手前ぐらいまで炒めておきます ここで一度火を止め スパゲティが茹で上がる直前に もう一度 火にかけます 
  3. Aの材料を テーブルに出すお皿で 合せます
  4. スパゲティが 茹であがったら この茹で汁を大さじ2、3杯分くらいを取っておき あとは ざるに上げ水気を切ります。 
  5. 2のフライパンに この茹で汁と スパゲティを一緒に入れて軽く合せます
  6.           
  7. ソースを合せていた お皿に スパゲティを 移し手早く混ぜて 出来上がり!

ベーコンの塩味によって 味付けを調節します。個人的には 胡椒を少し効かせたほうがおいしいと思います
出来上がりだよ〜ん!
茹でている間に全部出来るので 
調理時間12分 
パルメザンチーズ
いただくときにかけてもいいし どちらでも 
06 Septembre 2003 Part 2
もったいない! もったいない!!

今日は うっかりしていて 土曜日であることを忘れていて 予定していた行動が出来なくなり 変に時間が余ってしまい もったいないので 天気もいいし 久しぶりにサンジェルマンにでも出かけようと ぶらぶら出かけました。前から気になっている お店が 何軒かあるので そのあたりを散歩でもしようと地下鉄に乗りました。パリでは わりに頻繁に 地下鉄駅の工事があり 何ヶ月間か その駅が閉鎖されるということがあります。考えてみると 日本では あまりないことなのではないでしょうか。パリ市内の地下鉄の駅の間隔は 歩いてもしれているので 一駅くらいなら歩いてもたいしたことがないので ぶつぶつ言いながらでも 仕方がないで 通ってしまうところはあります。それで 降りようと思っていた駅が その工事中であったため ひとつ向こうの駅で降り 歩くことにしました。前から気になっているという店は 雑貨屋さんで 表に いろんな籠やかばん 日用品などが 山積みになっているお店で いつも車に乗っているときでしか通ることのない場所にあります。お店に一通りお店を見てみると 店内は 思ったよりシンプルで 実用品 洗剤類や掃除道具 ごく一般的な食器 修理に使う簡単な工具類などが おいてありました。私は 前から欲しいと思っていた籠で 持ち手が 肩からかけることができるくらいの長さがあって 出来れば 皮のものというのを探していて ちょうど 思うようなものを見つけたので 買うことにしました。値段も 12ユーロと 安く これまた ごきげん! ルンルン気分で そのあと ぶらぶら歩いて いつもいく日本料理材料店に 立ち寄り 買い物をしていました。すると・・・ 偶然も偶然 近々連絡しなければと思っていた知り合いの方に その店で声をかけられ お互い この偶然に びっくり。それじゃぁと 近くのカフェで お茶を飲みながら お互いの近況を話しました。日本に仕事で帰っていた彼女から 日本も 変わってきたわよ〜と いろんな話を聞かせてもらいました。そのあと ついでに 夕飯も一緒にということになり サンルイ島にあるパリでも有名なお寿司屋 ”ISAMI” に連れて行っていただき ご馳走になってしまった。なんて 今日は いい日なんだろう! ついてるぞー! それでも オットには 断っておかなくては 気がひけると 電話をすると これまたラッキーに 今日はサッカーの試合があるので 友達と一緒に 見たいんだそうだ!”Chouchou! 彼女とゆっくりしておいでよ!”と 返事。ヤッター! これで 気がねなしに おいしくいただける。ウフフ・・ ここのお寿司 かなり舌のこえた日本人でも  こんなおいしいお寿司は 日本でもなかなか 食べられないというくらい おいしいので有名。もちろん お高くて わたしには なかなか手が出ない店。いただいたのは それも 上 にぎりの盛り合わせ並じゃなくて 上。涙が出そう! バチあたらないかな〜〜 始めは付きだしに 2品 そして にぎり寿司がでて 汁物がでる。ヒラメ うなぎ イカ なんぞは 日本を出てから初めて口にした。おいしい! ほんとにおいしい! 日本人でよかった!日本人バンザイ! と思ってしまうくらいにおいしい。夕暮れ時の 美しいセーヌ川の風景を眺めながら いただく お寿司 ああもったいない もったいない なんだか おばあちゃんの口癖のような言葉が出てきそうになる。今日は ほんとに ラッキーな一日だった。いいことって ほんとに あるんだぁ〜〜   



読み返すと ただ 単に 食い意地が はっているだけなんだと 気が付いたけれど 
毎日がんばってるんだから こんなご褒美あってもいいよね! (自画自賛)
明日からまた がんばっちゃう!

子供服
子供服は デザインはシンプルでも 
目を引くのは 色使い 
子供自身の色彩感覚も 
こういう風にして 
身に付け行くのかなと思わせます
秋の装い
実はこれは帽子屋さんではないのです。
サンジェルマンにある ホテルの 
ウインドウです。寒くなるにしたがって 
パリのファッションは 鮮やかになります。

この様子 また詳しく<Paris>
写真のコーナーで 紹介します。
10 Septembre 2003
ミシュカ ! 誕生日 おめれとう!!

Bon Anniversaire! Michcka!
今日は ミシュカの誕生日でした。
といっても あたりまえですが 本人には 何の自覚もありません。今年で 10歳になります。中年ってとこでしょうか? いつも 私が ハムを食べていると 欲しそうに近づいてきては ねだるので 今日は そのハムを 奮発して お祝い代りに しました。やっぱり かなり 好きなようです。ここのところ ずいぶん寒くなってきたので 彼女の行動を見ていると 暖かいところを探して 一日中 転々と 家の中を移動しているようです。健康面では 中肉中背 ちと 歯に 歯垢がたまり気味なので 定期的に お掃除に行くくらいで いたって健康です。少しづつ歳をとっていくと思いますが、いつまでも 有意義な にゃん生(人生をもじっているつもりですが ・・・)を 応化し 元気でいて欲しいと 願います。

今週は 休まずに 稽古(Barre au sol)に通うつもりでいます。最近は コンセルバトワールなどから クラスを受けにきている人たちが 増えてき始めました。いろんなオーディション情報なども 更衣室で 聞こえて来ます。私も 〇年前なら というところですが・・。9月に入って10日ということで 少しやさしいめの 内容だったのが 徐々に 厳しくなってきています。見ていると簡単なのに むずかしいパターンが たくさん出てくるようになり 必死ですが でもこれが 楽しいんです。人間の体のもっている可能性に 毎回 驚かされ いろんな意味で 刺激になります。しばらくのブランクを 何とか取り戻したいと思う 今日この頃です。

パリの象徴
車からこの夜のエッフェル塔を 写真に収めるのは かなりむずかしいのですが 本当に美しいのです。細かい電球が ちりばめてあって きらきらです。 今日は 日本で言う 中秋の名月 にあたります。お月様が まんまるでした。
15.Septembre 2003
無意識の中で思いつくこと
Orange
サンルイ島にある画廊にかかっていた絵
まるで 果汁が 飛んできそうでした 
ぼーっとしているときが好きなのは、ただ何も考えたくないというときも もちろんあるけれど それだけではない。料理もそうだけれど 思いつくということが 起こるときは 義務感が働きすぎると その能力が 発揮できなくなってしまうような気がする。趣味でしていたことが 仕事になったときに 面白みが 少なくなり 追われるような気になってしまうのと 同じかもしれない。私には 自分を 外から見るように 私は これからどうするんだろうと 自分でありながら それを 面白がっているようなときがある。この好奇心が 私から なくなってしまうことは ある意味で 恐い気がする。自分で分析したことはないけれど 私には そういうためのスイッチが いくつかあるようなきがする。ほとんど無意識に近いのだが どこかで 調節しているような気がする。それで 冴えているときというのは ものすごい集中力がありながら 自分のことが かなり冷静に 外から 見えるようなところがあって もちろん これは 年に2,3回くらいしかないけれど 起きているのに 半分夢を見ているような気になって 不思議だ。どこかに 今まで知らなかった 自分の力を 感じることがある。こんなことを 文章にして書くのも初めてなので 書いていると 変な気がしてくるけれど・・ 見た目には きっと いつもと変わらないし 今日は どうしたの? と言われることもない。自分が二人いるような感じとでも言ったらいいのかな〜。うーーん やっぱり 文章にすると ますます怪しくなるなぁ〜。なにを書きたかったんだろう・・

そう 空間なのだ。といっても 見た目という意味だけではなく 時間でも 同じ。それは目に見えるものでは きっとないんだけれど そういうスペースがあることで ものが引立ったり 溶けあったりして 成り立ち お互いが 影響しあって 新しいものが 生まれるような気がする。受験勉強のように これを勉強したら こうなれるというような方式とは 違う。だから、ひとつのものを ひとつの角度でしか見えていないというのは 思い込みに過ぎないのかもしれない。でも そういうことを 否定しているのではない。自分を自分で 育てるというのは そういうことが必要になってくるのではないかという気がする。だから 世の中に 無駄ということは ないんだという気がしてくる。自分が なぜ焦っているのかがわからないにもかかわらず 出来るだけ早く 夢に近づきたいと願い 合理的を 考えるあまり どこかで 見落としてしまっていることが あるのではないかという気がする。人生とは 思うようにはいかないものと 心のどこかで それも受け入れながら 夢は捨てずに がんばれるときには ガンガンがんばって 健康にも 気をつけて 日々の なにげないことに喜びを感じられるような 自分でいたいなと 思います。    

17.Septembre 2003
心に触れる笑顔
草履
夕方 庭の 椅子に 寄りかかって 本を読んでいる 夫。
白ワインと 年季の入った 草履
そろそろ買い替えた方が いいのですが サイズが大きいので なかなか見つかりません。 
朝 16℃ 日中 26℃ 理想的な 気候が続いています。体を動かすと 汗ばむ程度。暑がりの私のとっては 寿命が 長くなるような気がするくらい 幸せ! 昨日は それにもかかわらず 少し 疲れ気味で 予定した行動のひとつを キャンセルし 近くの公園で すこしゆっくり時間を過ごすことにしました。ほんとうに こちらの公園では それぞれが 思い思いに時間を過ごす姿が ごく自然に 見られ 誰もが 開放感に浸っています。たとえば 日本ではまだ 街中の カフェ。通りに面して テーブルが出ていてるところで お茶や 食事をするのに まだ抵抗があるのと同じように 他人に見られていても くつろぐことに抵抗を感じずにいられるというより まだどこか 落ち着かないと思う人が多いのではないでしょうか。見るほう 見られるほうの 緊張感は 意外と敏感に伝わってしまうものなのかもしれませんが 意外と 相手が 本当にくつろいでいるという光景は 見ていて 和むものです。私も 持っていた ペットボトルのお茶と 朝 作ってきた おかか入りの お握りを ほおばり そんな光景を見ながら 時間を過ごしました。ボーっとするつもりが なんだか考えることが たくさん出て来てしまって ゆっくりしたものの 物思いにふけりながら 公園を 出ようと 立ち上がり 出口の方に 向かいました。こちらでは 地下鉄や 建物の入り口などで 次の人のために ドアを開けて 待ってあげたり 男性などは 女性を 先に通してくれたりという 心遣いが あたりまえのようにあるのですが、昨日は 少し違いました。きっと その男性は 私が 公園を出ようとしている状況を かなり遠くから 見ていたのでしょう。それに きっと 私のそのときの表情は 考え事をしているむずかしい顔だったのでしょう。その年配の男性は にっこりと 微笑みながら その出入り口の扉を開け かなり遠くから私がそちらへ向かってくるのを ずっと 待っていてくれたのです。わたしがそれに気がついたのは かなり近づいてからだったけれど まわりには 他に誰もいなかったので 私を待っていてくれたというのは すぐにわかりました。そのとき やっと私は 自分がどんな表情をしていたのか初めて 気がついたのです。ちょっと照れくさい気持ちと一緒に 私が ありがとう!と 言って 笑ったのを見て その男性は さらにうれしそうに そんなのなんてこともないよ! と一言。私の 気持ちは 一転。不思議だけれど 静かに 心に触れる 暖かい空気。いいようのない雰囲気に しばし 浸ってしまいました。笑顔は 言葉の始まり とはよく言ったもんだなと ふと。こんな 素敵な笑顔に なりたいですね。     

18 Septembre 2003
色とりどり

昨日の 夕方 玄関のベルが鳴り 上の階に住む ご主人が いらして あふれんばかりの 鉢植えの花を 貰って欲しいと来られました。このご主人は パリでも 有名な 大きな ガーデニングの専門の 大きなお店で 仕事をされているのは 知っていたのですが、仕事の撮影に使った花が 処分に困ってと 大きなダンボールに5.6個積んでこられました。うちのアパルトマンも 庭のある1階は うちとお隣の2件だけなので ほかのお宅は ベランダは あっても 置けるスペースに限界があるのでと ぜひ貰ってほしいといわれ そんなのいやなわけがありません。それじゃぁというので 20鉢くらいも いただいてしまいました。どれも 種類が違って 色とりどりです。お料理使えるバジリコ セージ ローズマリーも しっかり育っている鉢植えで 私も うれしくて今日はさっそく 手袋をして 庭の手入れをしました。昨日に引き続き お天気がよく ミシュカも 外に出てきて 様子を眺めています。まるで 春のような 光景になりました。やっぱりいいですね。もう どこにも行きたくなくなってしまいます。中に 都忘れに似た花もあって 懐かしい気がします。豪華な花も 素敵だけれど 野に咲く可憐な花も 大好き!。一輪を 備前焼の 味わいのある花器に 活けて部屋の片隅に置く感じが私は大好きです。
庭全体の様子
残念ながら 鮮やかな色の感じが 撮れていないので ひとつづつ 写真に撮ってみました
ハーブ
バジリコ セージ ローズマリー
これでまた料理が楽しくなるぞ!

植物図鑑を見ているようで 楽しい。
これで毎日の楽しみが また増えました。
20.Septembre 2003
自然の ちから
天に向かって
野菜は 生きているぞ!!と 主張している
すごいね なんだか自分の 背骨まで 伸びそう! 
なんだか毎日 気温が上がったり下がったりで ほんとに 一定しない。昨日の天気予報では 今日は 30℃に なるそうだが 朝見たところ そんなに上がるとは思えない肌寒さ。でも これがわからない。今日朝 台所で コーヒーを沸かしているときに ふと 置いてあった アンディーヴの袋を覗くと 芽が出て 伸びてきていた。それも 袋の中では 寝かせてある状態だったので 伸びている芽は 直角に 太陽の方に向かっている。身近に起こるこういうあたりまえのことというのは 新鮮で 楽しくなってしまう。買ってそれほどたっていないのになぁ と思いながら 写真におさめました。それがこの写真。ちょうど 最近設置した Ballet BBS でも まっすぐ という 言い方が どうとかっていう内容を 書いたところだったので うーーむ これが 本当のまっすぐだ!と 思ってしまった。見事である。このまま ほおっておいたらどうなるんだろう?とまた 私の好奇心がくすぐられる。まっすぐという単語は すくすく育つという意味や ちょっとひねると 要領が悪い、ちょっと 横から 行けばいいのに 思い込んだら 曲がるということが出来ないという意味にだってとれる。この道をまっすぐに行って といっても 一本道が 曲がりくねっているときはあるから この場合は つながっているというニュアンスになる。こんなのは 漫才のネタに 使えそうな話になる。

日本では そんなの 簡単だ!という意味に そんなの朝飯前!というでしょ? 昨日 ちょうど オットに こういうんだよと説明したところだった。で、フランス語では 何というのかと言いうと 直訳すると すごいことになってしまうけれど 指を 鼻に突っ込む(くらい 簡単!)という。これもすごいね。ところ変われば ってやつです。 おいしいときの表現 ほっぺたが落ちそう!は 説明すると フランス人は 結構面白がってくれる。こういうのは お国柄が出て 面白い。    

   
23.Septembre 2003
7つ目の ロックグラス
今日の買い物
マスタード とパスタ 
パッケージが かわいい
大きく印刷されている番号19は パスタの種類 
これは リガトーニと呼ばれる マカロニの大判 
今日は 朝早く用事があって出かけ 昼前に終わったので 久しぶりに Bon Marche へ 寄ってみる。パリでも一番古いといわれるこのデパートは ちょっと高級品志向の お店で 食料品専門の建物に道をはさんで 生活用品 衣服などの本館がある。通りに面した ここの ショーウインドウは いつも工夫が凝らされていて 変わるのが楽しみのひとつでもある。今日はその 作業中で 数人の人たちが ガラスに 寸法を測りながら 印を入れて 企画中の様子でした。チラッと見えた 予想図には 大きなロゴが 描かれてありました。出来上がるのが楽しみです。こういう デザインや 少しアートしている 職種の人は なんだか生き生きしていて いいなと思う。実際はたいへんなんだろうけれどと 彼らを見ながら 一瞬にしていろんなことを想像してしまった。それはさておき それらを 見せてもらえる方にすると ワクワクして ほんとに 見るだけでも楽しい。もちろん 買うともっと楽しいんだろう・・・。今日 特に 目に付いたのは 食料品のお店のほうで見た いろんなものの パッケージ。なんでもないのに 本当にかわいい。外見につられて つい衝動買いをしてしまいそうになるものがたくさんある。日本から 観光で 来られている方は こういうところで お土産を見つけると 安くて気のきいたものが 見つかるのではないかと思う お奨めの場所です。めずらしいスパイ類も 入れ物がかわいくて 使った後も楽しめそうです。私の今日の買い物は この間なくなってしまったマスタードと パスタ。このパスタの袋が 気になって つい買ってしまった。ニットで出来ていて 巾着になっている。イタリアフェアーをしているわけではなさそうだったけれど オリーブオイルや ソース類が たくさん並んでいて 舐めるようにして じっくりと みてまわった。定番の家で使うマスタードの入れ物は 使用後は ロックグラスになるようになっていて もうすでに 6個ある。ここのメーカーは そのグラス類の形も いろいろあって すべてマスタードを売るための アイデアなんだけれど これは 空き瓶が増えるより ずっと ありがたくていいなと思う。これで 7つ目のグラスが 確保されたことになりました。  

24 Septembre 2003
またもや 友人が増える!

夕べは 先日偶然知り合った ベネズエラの 船の船長さんが私たちを夕食に 招待してくださいました。3日ほど前 カフェで たまたま 隣にいたことがきっかけで 話し始め 意気投合し その日は 家で 夕食をいっしょにということで いつものように 何人かで ワイワイしたのですが そのお返しということでした。フランスに住んでおられたというその方のお父さんが 亡くなられ それで 1ヵ月半の休みを取って フランスに来られているのだそうでした。どんな人とも 話をするのが抵抗のない私たちに対して こんなフランス人に始めて出会ったよ!と とても喜んでくださり なんだか20年来の友達見たいな感じがして 不思議だー、と いわれていました。その方の 滞在の目的は 楽しい観光とは違っていたので 余計に そんな気にさせたのかもしれません。私たちがカップルなので もう一人誰か女性を 誘おうとオットの提案で 声をかけたのは フランス政府関係の仕事をされている 世界中にある領事館の情報を まとめる仕事をしている女友達を方に声をかけ レストランで合流する約束で 一緒に食事になりました。その女性は 仕事の関係で 世界中の情報を 知っておられるので 話も なかなか いろんな 展開になり いつものごとく 私は ついていくのが必死でした。招待してくださったその方は 全くフランス人と変わりないフランス語を話されているように思いましたが、英語かスペイン語の方が 話しやすいと おっしゃってました。(まぁ すごい!)普段は もちろん制服を 着ているわけではないので 職業は わからないけれど 話しているときに 所々で 感じるキャプテンの 風貌がなんとなく ノスタルジックな感じがして 不思議でした。きっと仕事中は 違う顔をしておられるのだろうな という気がしました。夕べ家に戻ったのは またもや遅く 今日一日 シャキッと 出来ずに ボーっとしてしまいました。明日は 引き締めていこう!! 
マロニエの子供は栗
道端に栗の散乱する時期になりました。
Framage
ワインがおいしいとチーズが欲しくなる
おつまみ
チーズの専門店
で かわいいボール状の チーズ発見!
手作りのフルーツ酒
素朴な感じが 目を引きます
セーヌの 夕暮れ
まだ 夕暮れには 早い時間でしたが まだ夏の面影が残る日差しが まぶしかったです

クリクリ栗
29.Septembre 2003
フランス人って どういうとき謙遜するの?
鯖の味噌煮
下茹で 砂糖で甘味をつけているところ
寒くなってくると この味噌味と言うのは また 体が温まって いいんだなぁ〜 
豚の角煮も作りたくなってきた・・
謙遜・・・・・・・控えめな態度で 振舞うこと と 広辞苑にあります。
やっぱり 日本人なのね と 自分で 感じるときと言うのは 無意識に 謙遜しているような態度をとってしまっているとき。日本なら そういう相手の態度と 行動を比較しながら 実際はどうだろうと?と言う風に なにげなく見ているのかもしれない。こういう瞬間に ちょっと一歩ひいてしまう日本人と ガバッと 前に出るフランス人とでは 1歩ではなく 2歩も差がついていることになる。自分でイヤなのだが フランスで生きていこうと思うと 今まで日本語では表現することのなかったものを いうことが 必要になってきてしまう。これが なかなか抵抗があって しっくりいかない。相手は 理解しやすいみたいだが 言った本人は そこまで強調して 要求したいことでもなかったりするときには どこか 罪悪感が残ってしまう。そのことを 少しオットに話してみた。頭の中が 日本人なのに 自分の口から出てくるフランス語は 日本人の私では なくなってしまうということ。非常に複雑だ。なんというのか あまりにも 直接的過ぎて まだ今の私には 単刀直入に言うと そういうことになるのかもしれないが・・・と言うような感じで あと味があまりよくない。でも 私とは反対に フランス人が 日本で住んで 日本人の謙遜する表現を 妙に使いこなしたりすると うさんくさく感じてしまうのではないだろうか。日本に馴染もうとするあまりに 日本にもいない日本人になってしまうのも変な話だが やっぱり母国語でない言葉を使いこなすのは むずかしいなと思う。日本なら 日本人以外の人を 外国人 (外人と言う言い方は ちょっと差別的に聞こえたりするような気がするので 私は使わないようにしているけれど)と どこの国の人もひっくるめて そう呼ぶのに対して フランスだと どこの国の人かどうかという表現で 外国人に当たる言い方はあまりしないというか 聞いたことはない。だから 日本にいる 外国の人に対して 日本人は 外国の人だから むずかしいだろうとか 大変だろうとかいう配慮をして 会話を聞き取ってあげるみたいなところがあるような気がするけれど フランスでは そんな 人はあまりいない。いわなければ わからない いわないということは 了解したと見なされるというような 表面の事務的な判断で 終わってしまう。慣れるしかないことまでわかっているのに まだ ためらっている私。割り切ることのむずかしさ。もう いやんなっちゃう のです。もうちょっとで乗り越えられそうなんだけどなぁ・・そのあたり 帰国子女だったり 国際結婚の間に生まれた子供達は どうなんだろうと 思う。巧みに 使い分けをして 得をしているのかもしれない。今日は なぜか 地下鉄に乗って 前にいる2人の会話を聞きながら そんなことを考えてしまった。