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  20年前にフランスにバレエの勉強に来たときに 幸運に 舞台に出るチャンスに恵まれました。私の先生は もうすでに取り掛かっている作品に 急きょ もうひとつ 配役を増やして ソロのパートを 振付けて下さいました。少し ドンキ ホーテの一場面に似た設定で ストーリーのあるものでした。私は 自分の踊りのことよりも 自分の踊りが終わってから、舞台に残り ほかのダンサー達と、さりげなくマイムを交わしながら、脇で 次に踊る人を引き立てるという場面の方が むずかしくて どぎまぎしていました。こういうことが日常茶飯事な 彼らの 立ち振る舞いは 大胆で そのやりとりが 一人浮いてしまうのではと 緊張の連続でした。振りのついている 踊りの方が ずっと楽でした。こんな たくさんの思い出の中で 一番の思い出は 楽屋でした。その劇場は ドーヴィルという 北ノルマンディー地方にある 高級リゾート地で、映画「男と女」の舞台となった有名なところです。20世紀初頭にパリを中心に ロシア人の 天才プロジューサー、ディアギレフに 率いられ、バレエリュスとして アンナ・パブロワ、ワツラフ・ニジンスキーなどのスター・ダンサーを擁して 活躍した時代からの歴史のある劇場です。私の先生は、この私の初めての経験に 気をきかせてくださり、私に そのニジンスキーが使っていたといわれる楽屋を一人で 使わせてくださいました。その頃はカメラも何も持っていなくて なにも残っていないのが残念です。舞台は こじんまりした オペラハウスで バルコニーが ずらっと並び 古びた中に 重厚さの残る歴史を感じさせる劇場でした。その楽屋は 舞台下手のすぐそばで 4,5段の階段を 上がったところの 窓がひとつだけある部屋でした。コンクリートの壁は 今まで手を加えられたことのないような感じで、無造作とも思えるように取り付けられた鏡が 一方の壁に 3枚あり、タイムスリップしたように 昔そのままという気がしました。それだけに ここをニジンスキーが使ったのだと思うと 感慨深いものがありました。こんな経験を一人占めしていいのかと思いましたが、そんな物思いにふけるまもなく、リハーサル開始の 合図があり 私は その階段を 走り降り 舞台に 上がり 準備を始めました。